刃傷事件の顛末

2007年11月5日作成
2007年11月12日更新


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4月に、シキホール島の自宅の近所で 刃傷事件があった。近所の女性が、その隣の男性に刺された。
事の起こりは、水で もめたことである。私の家の近所にも2年ほど前から水道が来るようになったのだが、水圧が弱く、少しばかりの水を、皆で交代で汲んで、それをポリタンクに貯めて使っている。もめた場所は、私の家からも隣だが、500mくらい離れていて、水道のホースの引き回しは別である。

水道と言っても、各家に蛇口を付けられるほど水圧はなく、通常は共同水汲み場だけに水が来る。ところが、樹脂のパイプを使っているので、このような場合、ホースをつないだり離したりして、途中で水を汲もうとするのは、途上国ではよくありそうな話である。問題の男性は、しばしば ホースを切り離してしまうので、50mほど下流の共同水汲み場までは水が来ないことが多い。

ある日の夜10時頃、いつものように水が来ないので、被害者の女性は、問題の家に行って状況を聞いたところ、この男は腹を立てて、その女性が帰る時に、後ろからナイフで何度も刺した。口論になったのか、犯人が酔っ払ってのことなのか等、それぞれの言い分もあり、詳細は定かでない。

一番深い傷は、背中から肺を貫通し、すぐに入院して手術をしてもらったのだが、当初、医者が言うには、助かる見込みは五分五分ということだった。しかし、幸運にも一命を取りとめた。治りだしたら、まだまだ若いので、回復するのは早く、7月には以前と全く同じように生活し、仕事もできるようになった。

犯人の方は、すぐに逮捕され、警察で豚箱に入っていたのだが、たまたま、私の方のプロジェクトでイカサマをやる人間が現れ、その対策に、警察で何度もミーティングしていたところ、刺した犯人を何度も警察署で見かけた。しかし、ここはフィリピン。最初は檻の中に入っていたが、そのうち、警察署の近くに座って待機するようになり、さらに、警察官の下働きをするようになった。最後は、私もよく行く雑貨屋で、買い物をしていたのを見かけた。その後は別の場所に移され、そちらでは鉄格子の中にずっと入れられたということだった。

9月に裁判があり、懲役5年の実刑が確定した。送られたモンテンルパ刑務所では、噂では懲役はないそうだが、日本の江戸時代の牢獄と同じように、実質無料ではなくて、金目の物を持たずに行けば、とんでもないことになるそうだ。例えば、看守のタバコ代として毎週100ペソ、ギャングへの上納金が毎週50ペソ、さらに、食費、光熱費、家賃等 生活費も有料等々、出費がかさむそうである。

犯人は、刑務所に入るだけでなく、当然、被害者の治療費の支払いも命じられたのだが、犯人に資産はなく、この状況では、治療費が支払われないことは明らかである。
結局、被害者は 手術や薬代など多額の治療費のため 借金をして、さらに高金利も加え、多額の負債が残ってしまった。

そこへ、知り合いの日本人から、日本へ研修に来る現地の人を紹介して欲しいという依頼が来て、渡りに船とばかりに応募した。研修に行けば、少しでも日当がもらえる。日本で一切お金を使わず耐乏生活をして、日当を貯めれば、借金(オタン)を返すことができるだろうと思ったわけだ。しかし、研修の資金を出すのは公的機関で、個人に対して支援してくれることはない。国際交流や貢献、特に途上国の貧困地域のコミュニティにどれだけ貢献できるかというようなことが重要になってくる。この女性は、こちらで進めているプロジェクトにもいろいろ参加してもらっていて、そちらを推進すれば、地域社会に貢献することができるはず。そこで、プロジェクトを進めるのに役に立つ研修を考えた。

この企画が採用され、研修に行ければ良いのだが、採用されなければ、幼い子供を連れて夜逃げも含め、今後どうなるか、まだまだ予断を許さぬ状況である。(実際には、船でどこかに行くので、夜逃げというより、船のスケジュールにあわせ、何処かに行って、帰ってこないだけである。)

そんなに気の毒に思うなら、お前が、借金の分を貸してやれという話もあろうが、フィリピンでは、一人にお金を貸すと、次から次へとお金を貸せと人がやってくる。ビルゲーツでも持たないと言っても過言ではないだろう。私の家の前には、先手を打って、何年も前から張り紙してある。よくあるメッセージのコピーで"No dog, no cat, no chicken, no small children,no money borrower allowed."

できるのは、仕事を出すことで、この女性には、土地探しや、各種の調査など、毎日のように働いてもらっているが、お陰で庭に芝生まで植える羽目になってしまった。しかし、そうそう仕事を出せるものではない。

一つだけ例外で、子供の薬代については、基金を設けて その範囲内で貸しているが、今回はそれとは異なっているし、基金の範囲も超えてしまっている。

とにかく研修に採用され、なんとか良い方向に向かって欲しいものである。


(2007年11月12日更新)

お陰で 何とか研修の募集に合格することができた。研修応募のこちらの目的は、1.借金返済、2.こちらのプロジェクトへの技術導入である。募集する側では、1.の目的では受け入れられず、ねじれた関係になっているが、2の面でも、できるだけ有益な研修になるよう整合をとろうとしているところである。それ以外にも、この機会をできるだけ有効に使いたいものだ。

刃傷事件に関して、読者からメールを頂き、「シキホール島では お化けが出ると噂されているが、それより、人の方が怖い」ということであった。確かに 今回はちょっと怖い人物が登場してしまった。しかし、万一「フィリピン人は危険だ。」というようなステレオタイプなとらえ方をする人がいるとしたら、それは間違いである。「フィリピン人はフレンドリー」、通常は これで間違いない。
この例では、たまたま、不幸な条件が重なってしまって、このような事件になってしまった。前に住んでいた場所でトラブルを起こして、移り住んできたというのは、それなりに要注意である。以前に紹介したように、ミンダナオから流れてきた少年窃盗団の例もある。

今回の加害者は、酒に酔って建物の一部を壊したとか、これまでにも何度か予兆になるようなことをしていた。この手の要注意人物に話をする場合には、かんしゃくを起こさせないよう注意が必要だろう。現場を抑えるためとは言え、夜にクレームとつけに行くのも良くない。

すべて我後にするような生活態度であれば、このような事件は起こらないとも言いたい。

しかし、余談だが、次のような例もある。以前、北京に行って、バスターミナルから市バスに乗ろうとした時、バスが着くや、野良犬が食べ物を奪い合うように、皆 我先に乗ろうとする。そこで、我後に乗るとどうなるか試してみたのだが、結果は問題なく乗れた。これに対して、地下鉄で乗換駅に到着して 電車から降りようとした時のこと。降りるのは私一人に対し、大挙して乗り込もうとしていて、多勢に無勢、普通にしていては、到底降りれそうな気がしなかった。そこで、ラグビーのスクラムを組むよう構えて、肩で人のブロックをこじ開け、何とか降りることができた。
フィリピンでも、すべて我後にしていたのでは、やっていけないこともあろう。例えば、混みあう船やバスのチケット売り場などだ。しかし、この場合でも、混みあわない時間に買いに行くとか、対策があるはずだ。
話が外れ出していて、愚痴にも近くなっているので、このあたりにしておくが、今回の事件を教訓にして、異国の地では、できるだけもめないようにしていきたいものだ。


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