フィリピン小学校7歳入学伝説

2015年2月作成




フィリピンでは小学校に入学する年齢は、日本と違ってかなりばらつきがある。 知り合いの話だと親の方針によるということで、確かに そういう面もあるのだろう。実際には入学時の年齢は決まっているのだが、インターネット上では、フィリピンの子供は日本より1年遅れで小学校に入学するという日本語の情報がかなり出回っている。フィリピン在住の日本人とフィリピン人のハーフの場合、実態としても、日本の年齢より1年遅れて小学校に入学している場合が少なくない。

ところで、フィリピンに関する日本語の情報や言葉遣いは、有名ブロガーが主導している場合が多い。例えば、トロトロは、フィリピン有名ブログのネタの定番だろう。Toro toroで検索するとラテンアメリカのレストランが沢山見つかる。 Turo turoで検索すると海外のフィリピン料理店が沢山みつかる。マニラ周辺の日本人とその手の食堂に食べに行ったら、お店にはCanteenと書かれていて、日本人もCanteenに食べに行こうと言っていた。セブ島あたりだとCarinderiaという看板を挙げている店を沢山見かけ、日本人が「カリンちゃんの所へ行こう」とでも言ってくれれば、こちらは しっくりくるが、それは低俗な物言いだと言われそうだ。Eatery, Food houseなども多いが、Turo turoと書いてあるのは見たことが無いし、現地の人がそう言っているのも聞いたことがない。流石にフィリピン内でもどこかにあるのだろうが、Canteenが優勢で、Turo turoと比べ、一本と効果くらいの違いはあろう。

この7歳入学説もブログで見かけるが、さらに影響力がありそうなのが知恵袋である。そのうち訂正されそうには思うが、まだそれほど古くない情報が知恵袋に書かれていて、検索でも上位で登場し、いろいろ詳しく書かれているので、読めば信用してしまう。それには、フィリピンでは日本より1年遅く、7歳時に小学校に入学すると書かれていて、その情報を参考にしたのではないかと思われるが、例えば、日本のNPOのサイトで、フィリピンの恵まれない子供たちに奨学金を出しているところがあり、その寄付を求める説明にも、日本より1年入学が遅いと書かれている。お金が無いからすぐに入学させられないようにも読めて、お涙頂戴の理由に利用しているのではないかと疑いたくなってしまう。
メジャーどころが書いている情報の方は、自分の子供が1年遅れになってしまったので、他の子供も同じようになったらいいんだと思って そんなことを書いているのかと、フィリピンのことなので疑ってしまうが、流石にそこまでひどくは無くて、この二つの例は 書いている人が単に誤解しているだけであろう。周りに日本人詐欺が増えたりして、疑い癖がついてしまったが、日本に帰ればそんなことはないと言い訳しておきたい。


さて、本来最初に書くべき公的機関からの情報を後回しにしてしまったが、これは、日本のテレビで、種明かしの結論を後から説明し、視聴者の釘付けを狙っている番組の見過ぎと言えるのかもしれない。

フィリピンの文部科学省であるEepEdからの情報によれば、フィリピンの小学校の入学年齢は、その年の8月までに6歳になる児童ということになっていて、周囲の親に聞いても同じで、これで間違いないだろう。by Augustと書かれているが、普通ならby the end of Augustと書きそうだ。日本は4月に新学期が始まり、フィリピンでは6月から始まる。新学期の前の5月生まれまでなら分かりやすいが、8月までとなっている。

実態がどうなっているかについて、いろいろな場所のすべての情報は把握できないので 近所の例を説明すると、5歳入学と、6歳入学が多い。知り合いの娘は、6歳で小学校に入学し、1年生の途中で7歳になったが、クラスメイトは5歳から入学している子供が多いので、引け目を感じているようなことを言っている。別の知り合いの娘は、5歳児で幼稚園の年長組(K-2)に通っているが、そのまま5歳で小学校に入学する予定である。近所では1年前倒しで入学している例が多いが、これがフィリピンで普通がどうかはよくわからない。ボホールやドゥマゲッティの知り合いの話と比較すると、近所の例は普通とは言えそうにない。

小学校に入学するまでの教育・保育は、DepEdの情報では、K-1,K-2があり、幼稚園の年少、年長組みに相当する。これらに2年通った後に小学校に入学する。しかし、幼稚園に通えなかった子供も、小学校入学前に8週間Preschoolに補習のごとく通えば、6歳での入学を認められる。

近所の例では、同様に2年間の教育があるが、最初の年は、バランガイが運営するDay care centerに通い、翌年、幼稚園 K-2に通った後 小学校に入学する。以前は、幼稚園をPreschoolと呼んでいたが、DepEdの方で、8週間実施する方をPreschoolと呼ぶようになり、幼稚園は、KinderやK-2と呼んでいる。

公的機関からの別のレポートによれば、1995年に小学校の入学年齢を半年早めたという情報がある。その後さらに、半年早めて現在のように6歳入学になったということだ。しかし、その1995年にまさに小学校に入学した知り合いに聞いても、そんなことは知らないと言っているし、公式に決まったことにしても周知徹底されていないのは間違いない。この知り合いは6歳入学だが、もしも半年前倒しというルールに従えば、1996年に入学したはずだ。書いていることがいい加減で自分でも恥ずかしくなりそうだが、これがまさに実態だと思う。

入学年齢を急に変えたら、日本だったら大混乱で、もしもある年に急に1年早めたら、その年に入学する子供が倍になって、教室も、先生も足りない。競争が激しくなるなど、困ったことだらけであろう。

実際にも、昔は7歳入学で、今は6歳入学に変っているのは、いろいろ情報から間違いなくて、現実は徐々に変っていったのだろう。さらに、近所の例では、5歳で入学する子供の数が増える傾向にある。

飛び級??

日本だと、前倒しで入学するのは飛び級と呼び、戦前には結構あって、戦後はかなり特殊であろう。いずれにせよ、飛び級と言えば優秀なイメージを持つ。しかしながら、フィリピンの実態を見ていると、1年前倒しで入学している場合に飛び級と呼ぶのは、かなり抵抗を感じる。以前にもいくつが例を挙げたが、良いように言い過ぎな言葉の一つであろう。以前取り上げたフェリーは、日本語では大きな船を連想し、フェリーが沈んだと言えば、大惨事を想像する。しかし 英語のferryは小さな渡し舟も含まれ、小さなポンポン船が、客を乗せて、横波を受けて沈んだ場合に、英語では船はこれもferryでよいが、日本語でフェリーが沈んだと書くと誤解を招く。
その他、公認会計士、画廊など日本語でそのように書くと、実際より格段すばらしいものに思えて、良く見せるためにわざとそういう言葉を使っていると思える例が少なくない。私が今住んでいるところを、海外別荘などと呼んだら、まさにその一つの例になり、恥ずかしいので絶対にそんな言い方はしない。

近所の子供たちの場合、3歳時点で、十分言葉が話せれば、Day care centerに入れてもらえ、周りの子供たちに なんとかついて行ければ、そのまま5歳で小学校に入学となる。まわりにゴロゴロいるという事実からも、優秀とは言い難い。フィリピンの飛び級は大したことがないという言い方をするのなら、まだ良いのかもしれない。もちろん、優秀な子供も含まれているのは間違いない。

1年年上のクラスメイトのレベルを超えて、さらに、先のレベルに進めるような子供なら良いが、単に、喋り始めるのが少し早かったというだけで1年先にDay care centerに入れてしまった場合には、後から落ちこぼれる子供が続出するのではないかと心配になる。

上に取り挙げた知り合いの子供で、6歳時に普通に小学校に入学した方は、親が教員免許を持っていて、教育熱心で、子供はクラスで成績が一番とのことだ。私は親しくしているので、教育面でもいろいろとフォローしているが、例えば、英語のカラオケのビデオを持って行くとすぐに覚える。年下のクラスメイトが 簡単には かなう相手ではないように思える。

日本だと、3月生まれの人で、小学校の時は他の子より体も小さく、成績面でも引け目を感じたようなことを耳にすることもある。

もしも競走馬が優秀だからと飛び級でダービーに出られたとしても、優勝できることはないだろう。

他の地域の話で、非常に優れた子供だけ飛び級させているという例も聞かれるので、それなら良さそうだが、こちらの近所のような場合には、いろいろと問題が出てきそうだ。

日本人の子弟の入学年齢

マニラの商社等で駐在員をしている日本人の子弟であれば、一部はインターナショナルスクールに通わせるのかもしれないが、普通は日本人学校に通わせて、入学年齢については日本と同じで、ここで取り上げているようなややこしい話は起こらないはずだ。

かなり特殊な例だが、以前の訪問者で、両親が日本人で、わざわざ子供をフィリピンの小学校に留学させている親子がいた。子供を華人学校に入学させ、小学校2年で、5ヶ国語でき、非常に優秀である。日本で育ち、マニラの小学校に通っているので、日本語とタガログは完璧である。学校で英語を習い普通に会話ができるし、中国語は、周囲が華僑の子供たちであるものの成績がトップだそうだ。さらに、親がアラビア語を指導していて、全部で5ヶ国語である。この子の場合には、成績トップを目指していて、最初に飛び級で入学しようという話にはならないだろう。

日本人学校でなくて、フィリピンの通常の学校に入る日本人の子弟というのは、通常は日本人とフィリピン人のハーフで、大抵は、父親が日本人、母親がフィリピン人という場合だろう。さらに、東南アジアでよくあるように、父親の方が母親よりかなり年齢が上という場合が多い。

知り合いの話や、インターネットで検索した結果によれば、フィリピン在住の日本人ハーフの場合には、7歳入学がかなり多そうだ。それもあって、7歳入学伝説が広がっているのではないかと思われる。1年遅れにされてしまう理由を、以下にいくつか挙げておく。どれだけ影響しているのかは不明だが、関係しているのは間違いないはずだ。

片親がまともに英語・現地語を話せないハンデ

これに当てはまらない場合も多いだろうが、日本語しか話せず、配偶者がいないとなにもできないような日本人の場合には、子供に日本語を教えることはできても、現地の学校に通うための英語、タガログ語、ビサヤ語などの練習の役には立たない。子供にとってはこれはハンデであろう。親が最初からそれを理解して、なにか手を打っていれば良いが、1年遅れにされてしまった子供が多い事実から、相関があると言えよう。

子供の隔離

子供が言葉を覚えるには、当然周りに話し相手が必要で、親が重要な役割を果たすだろうが、近所の子供たちと毎日遊んでいるということでも十分と言えるだろう。年長のおしゃべり好きの子供が遊び友達になってくれたら完璧と言えそうだ。いつも行く八百屋の娘は、2歳になる前から店でお客の応対をしていた。こちらも普通に話しかけたら、計算は無理だが、そこそこ受け答えしてくれた。そういう環境で育てば、言葉が遅れるということはなさそうだ。

その反対で、日本人の子供の場合には、誘拐されたら困るというような理由も含め、フェンスと豪邸の中で育てられ、近所の子供たちと遊ぶことも無く、メイドやベビーシッターが世話をしていたとしても、安月給で働かせていたりしたら、子供の言語教育に情熱を注ぐとは到底思えない。

親が自宅の横に遊園地でも作って、近所の子供たちを呼び集め、自分の子供と一緒に遊ばせるようなことを考えないといけない場合が多々ありそうだ。

私学の難しい授業

日本人の子弟は、親が貧しいことが多い公立の学校よりも、親が裕福なことが多い私学に通わせる場合がほとんどであろう。私学では、通常幼稚園から英語を学ばせるが、公立の学校では、遅れていて、近所の例では、小学校2年から英語を教えている。幼稚園終了時の到達レベルが、私立と公立で違うので、そのため、私学に通う日本人の子弟が卒園しにくくなっていると言える。知り合いの例でも、それが見られたが、実際にどれだけ影響があるのかは、学校や地域によっても異なるだろうし、全体的なことはよく分からない。

先日、セブの私立の小学校に通う1年生の教科書を見せてもらった。とても難しい英単語が並んで、子供は理解しておらず、親が替わりに宿題をしていたが、これでは教育の意味があるのか、はなはだ疑問だった。

私学の儲け主義

公立の学校の場合には、DepEdが言うようにK-1, K-2に通うか、近所の例のようにDay care centerに1年、Kinder K-2に1年、合計2年通えば、ほぼ機械的に小学校1年に入学できる。また、それまで幼児教育を受けていなくても、Pre schoolに8週間通えば、6歳で小学校に入学させてもらえる。

ところが、私学の場合には、もしも、3歳で入れば、K-1のさらに前の学年に入れられるという例が検索で見つかった。また知り合いの場合には、4歳で私立の幼稚園に入園したが、K-1,K-2の後にPreschoolに入れられたということだ。どちらも幼稚園かその類に3年通わされ、とにかく長い。授業・保育は半日だけで、2交代が可能で、同じ設備を使い回し、子供を倍の数 入学させることが可能である。さらに公立のように2年でなくて、3年通ってもらえば、1.5倍儲かる。合計3倍儲かると言え、このやり方はなかなか止められないのではないかと思われるが、実際のところ こういう面がどれだけあるのか良く分からない。私学に怒鳴り込みに行ったら、そんなことはしていないと否定されるだけなのは容易に想像がつく。一方、親も私も疑っていて平行線であろう。


バイリンガルもいろいろ

少し話は発散するが、以前、日本語教師のテキストを沢山買ってお勉強していたら、バイリンガルに二つ種類があるという話が書いてあった。正確には思い出せないので、改めて検索してみたら、今でも研究途上が続いていて いろいろな分類、名称があり、例えば、移民の子供などで、移住前後のどちらの言葉も十分に話せない場合には、ダブル・リミテッドという言い方が主流だそうだ。

ここでは、国際結婚の子弟の話だが、最初に取り上げたい例は、以前の訪問者で、日本人のお母さんと欧米人のお父さんの合計3家族の場合である。それぞれ日本でなくて、父親の母国に住んでいるものの、日本のテレビに登場するような日本生まれのハーフのように、遜色の無い日本語を話し、顔が欧米人なので面食らってしまった。母親の方が、国連の元職員であったり、ヨーロッパの大手の航空会社の元フライトアテンダントであったり、いかにも教育熱心で、子供もそのように育つのであろう。

この場合には、二ヶ国語どちらも高度なレベルに使えて、均衡型(balanced)のバイリンガルと呼ばれることが多そうだが、単に二ヶ国語バリバリというだけでなく、そのことが、それ以外の学習や、就職や仕事、社会生活、いろいろな面でプラスに作用しそうである。

しかしながら、バイリンガル教育の本を垣間見ると、最初の母語の能力が十分に確立されていることが非常に大事で、その後、第二、第三と進むのが良いように書かれているもののあり、そう単純ではないのであろう。

一方、日本人とフィリピン人のハーフの場合には、日本に住んでいようと、フィリピンに住んでいようと、どちらも何がしか、言葉が遅れている場合が多く見受けられる。日本在住の場合には、フィリピン人の母親が男のような言葉遣いの場合が多く、それだけでも子供にとって厳しさを感じる。フィリピン在住の場合には、日本人の父親が教育熱心とは思えない場合が少なく無さそうで、やはり子供にとっては厳しそうだ。それでも、小さい頃から私学に通わせ、有名大学はお金さえ積めば、成績が悪くても入学させてくれる場合が多いので、なんとかなるとも言えるのだろう。良い大学は大抵私立で、親が貧乏では、例え子供の成績が1番でも、お呼びでないという悲しい現実がある。

もちもん、これに該当せず、うまく行っていて、複数言語の習得が順調に進んでいる例もあるはずで、うちは違うと憤慨される方があれば、ご容赦願いたい。

とにかく、日本人とフィリピン人の間に生まれた子供の教育にはいろいろと課題があるのは確かなので、関係する方は、1年遅れてしまったというような話になる前に、バイリンガル教育の本などにも目を通して 対策を検討して頂きたいものだ。


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