犬の格差社会

2009年 1月



残飯をもらいに、毎日私の家にやってくる隣家の犬たちガリガリとまではいかないが、かなりスリムだ。


以前 日本人のお金持ちの老人が、フィリピンの私のところで 長期滞在されたことがある。その時 その方は、「暇なので、ドッグフードでも買ってきて犬に食べさせようか。」と言われたが、私は、「それはいかがなものか。」と反対した。
私の周辺では貧しい人が多い。昼時に子供たちがやってきて、「今日は 家には食べ物がないので、昼飯抜きで学校に行く」と言っていたりして、残り物を食べさせることもある。実際には、お金はなくても、海で潮干狩りをしたり、バナナやパパイヤを調達して、それを食べておけば 何とか空腹を満たせるとも言えるが、人間様の食べ物がまだまだ十分だとは言えない。そのような状態で、近所でウロウロしている犬にドッグフードを与えるはいかがなものかということである。

私の家の隣には、沢山犬が飼われているが、たまに、ココナツの果肉をもらえる程度で、ほとんど食べ物は与えられていないので、毎日私のところに、残飯をもらいにくる。その程度なので、ガリガリとまでは言わないが、かなり痩せている。近所で見かける犬は、皆ほとんど同じで、コロコロになっている犬は見かけない。例外は、近所に住む外国人の家の飼い犬だけである。

またまた、嫌われそうなことを書いてしまうが、日本人やその他の外国人の家に行くと、そこで飼われている犬は一様に食が足りていて、丸々としている。番犬として、活躍しているのだから、その報酬として、十分な餌が与えれられるのは当然だという言い方もできるが、お犬様の方が人間様よりも、はるかに食費がかかっているとなると、それに疑問を感じるのが普通だろう。お犬様がNFAライスで、人間様の主食は、それより安いとうもろこし。お犬様は毎日1kgの魚を買ってもらい、人間様は、小さな魚が1匹。 この人間様が お犬様のご主人で、ダイエットのためにそうしているのなら、なんら問題ないが、そうではなくて、お屋敷に飼われているお犬様の周辺の住民の話である。これでは、資本主義の大矛盾と言っても言い過ぎではないだろう。

犬同士の格差よりも、人間と犬との逆転の話になってしまっているが、お犬様と普通の犬に間に 現地の普通の住民である人間様が入るので、犬同士のピン・キリについては、とんでもない格差ということになる。

お犬様と それより貧困な人間が、近くに住んでいる状態は、歓心できるものではない。しかし、それでは、フィリピンで外国人が 犬一匹飼うのも難しくなってしまう。個人的には、犬の方が人間より経済的に恵まれているのは納得がいかないので、貧困地域では、犬には、残飯を食べさせておけと言いたいが、それでは、ドッグフード業者からクレームが来そうだ。贅沢になったお犬様は、残飯など食べなくなってしまった例もある。個人的な意見を述べるのは簡単だが、100点満点が見つかりそうにない事項の一つであろう。それでも、フィリピンに住んでいない多くの人から、私の意見は賛同を得られそうだ。


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