Butuan & Surigao

2002年3月


フィリピンのミンダナオ島、その北の玄関口にあたるのがブトゥアン(Butuan)とスリガオ(Surigao)。どちらもマニラからのフライトがあり、アクセスは容易。しかし、通常の観光客にとっては、はっきり言って見るところは少ない。町に知り合いでもいない限り、この2つの町を目的地にすることはあるまい。ただの通過地点といったところか。ここでは普通の町の様子を紹介するのが目的なので、あえて取り挙げてみた。

もう一つ、ミンダナオ島の北の玄関口としてカガヤン・デ・オロ(Cagayan de Oro)という比較的大きな町があるが、容易に想像がつくように、別の機会に、「カガヤンでオロオロするの巻」を書くために、今回は除外した。さらに別の地域場所を含め、「イロイロでウロウロするの巻」と、「ダバオでダバダバTシャツを買うの巻」、これらでフィリピン三部作が完成する予定である。

ミンダナオ島は、誘拐産業が盛んで、アブサヤフと呼ばれるイスラム過激派の誘拐業者が、おもに外国人や政府を顧客としてゴッソリ儲けている。テロリストのネットワークの一員として、最近は米国や日本でも名前が売れ出したグループだ。しかし彼らの活動地域は限られていて、ブトゥアン、スリガオについては、これらの業者に狙われることはないだろう。

ブトゥアン(Butuan)

町の東側を流れるアグサン川。はるばるダバオから流れてくる大きな川だ。水量は豊富で、何年かに一度は洪水も起こるそうだ。日本の堤防のような洒落たものはない。しかし、洪水は堤防が決壊して、突然起こるものではなく、徐々に水かさが増すので、荷物を二階に退避する時間は十分あるそうだ。

アグサン川(Agusan River)
フィリピンと言えば、建国の英雄ホセ・リサール(Jose Rizal)の名前を思い出される方が多いだろう。私も高校時代、世界史の教師が、このホセ・リサールと、イタリアのやはり建国の英雄ガリバルジーについて、ことのほか時間を割き、熱弁を振るって説明してくれたことを今も思い出す。
マニラのリサール公園に始まり、各地にリサール公園やホセ・リサールの像がある。
残念なのは、フィリピンの各地で、これまで千人以上のいろいろな人々と話をしたが、未だかつてホセ・リサールの話題が出たことがないことだ。食べるのが精一杯で歴史にまで関心を寄せる気持ちのゆとりがないということか。

リサール公園(Rizal Park)

サンフランシスコ通り

サンノゼ通り
この町に来ると、サンフランシスコもサンノゼも小さな通りになってしまう。フィリピンは、19世紀末の米西戦争以前は、スペインが統治していたので、サン(San)のつくスペイン語の地名が多い。カリフォルニアやテキサスなどと同様だ。

フィリピンでは集金コンテストが盛んだ。写真はブトゥアンで行われていたコンテストの様子。Mr.&Ms. BCES(Butuan City Elementary School) in 2001と呼ばれていて、美少年・美少女か、才能や人気のある子供を選ぶコンテストのように聞こえるが、実態は集金コンテスト。集めたお金の金額で順位を決めている。集金コンテストと呼んだ最大の所以は、昨年のチャンピオンが登場して分かったのだが、どう見ても美人コンテストでは最下位にしかなりそうにない人物が現れたことだ。

集金コンテスト


スリガオ(Surigao)

スリガオは、観光客にとっては、その回りにある小さな島々をアイランド・ホッピングするための拠点である。スリガオの海岸からは、大小さまざまな島が見える。特に、シャルガオ島(Siargao Island)は、ガイドブック(Lonely Planet)でも詳しく紹介されており、宿泊設備や交通の便も整っており行きやすい。
残念ながら私は、時間の都合でまだ、ここの島々に渡ったことはないが、機会があれば数週間かけて、いろいろな島に行ってみたいものである。

スリガオ港

Plaza公園

町の中心にあり、市民の憩いの場となっている。やはり、ここでもホセ・リサール(Jose Rizal)の像があった。

この町はフィリピンにしては、ゴミが少ない。マニラのマカティほどではないが、町は比較的綺麗である。 夕方の路地へと、つかつか入って行き、生活臭が感じられる光景を撮ってみた。