特集 スターアライアンス特典旅行で行く津波後のタイ南部

第三部 津波の被害が大きかったピーピー島

2006年2月


ピーピー島に向かう船から

ピピ島かピーピー島か?

Googleで検索すると圧倒的にピピ島である。アルファベットでPhi Phiと書くので、日本人なら普通はピピ島になろう。普通ならこれで、多数決のFinal Answerにしてしまうところだが、今回は少しこだわった。現地の人に 確かめたところ、何度聞いてもピピではなくて ピーピーだというのである。なぜ現地風の発音にこだわるかというと、フィリピンで私の住んでいる島はSiquijorというが、日本人なら「色情る島」ということになってしまい、日本にもありそうな その手の島と勘違いされ、誤解を招きかねないからである。実際にはスペイン語読みなのでシキホール島である。サンノゼ、サンホセなどから容易に想像してもらえるだろう。烏丸を「からすまる」と読んでいては、京都に来て笑われてしまうようなものとも言える。

津波が来たら、ココナツの木に登れば安全か?

今回ピーピー島を再訪した大きな目的は、我が家の津波避難計画にもある 上の問いかけに対して、答えを得ることである。そこで、現地に着いたらココナツの木を徹底調査した。その結果ココナツの木は、予想していた通りの状態になっていた。

それはごく単純で、周りに建物があるところのココナツは見事に倒れていた。流された建物や障害物がココナツに木に引っかかり、それに波が当たったり、別の流されてきたものが当たって、重くのしかかり、ココナツは倒れてしまったと容易に想像できる。
さすが観光地なので、倒れたココナツの木は、一部地面をセメントで固めたりして修復され、またもとの場所に立っていた。しかしながら、全体がかなり盛り上がっており、根の周りの土の色が周囲と大きく異なっているので、セメントとあわせ、修復されたことが容易に分かった。

もちろん、これは建物まで流されてしまった津波の影響を大きく受けた場所のことであり、もともと何も流されなかった場所では、ココナツも当然残っている。

もう一つ、津波が大きかったにも係わらず、ココナツの木が残っている場所もあった。周りのコテージは、綺麗さっぱりなくなっているのに、ココナツの木だけは見事に残っているのである。これも単純で、波打ち際のココナツの木で、津波を最初にかぶったのである。しかしながら、建物はココナツの木の後にあり、壊れた建物がココナツの木にひっかかるようなことはなかった。そのため、枝や葉っぱは上の方にしかないココナツの木だけでは、抵抗が少なくて倒れずに済んだと 容易に想像できる。木が倒れなかったことについては、想像の域を越えて、全く間違いない。倒れたココナツとは反対のことが起こっていて、もちろんセメントで修復した後もないし、根っこの周りには元のままの草が生い茂っていた。

以上から、津波が来たら海のすぐ近くの周りに何もないココナツの木に登れということになってしまうが、津波から離れようとするのではなくて、津波の方向に向かっていくので、かなり抵抗があろう。
避難する時間があれば、当然、内陸部へ逃げるべきだ。しかしながら、12・26でも、大きな波から、命からがら逃げている写真も見かけた。そういう場合には、とっさの避難場所として、ココナツの木は有望だろう。そのためには、普段から津波避難訓練と称して、ココナツの木に登れるように訓練しておかなければならない。

話は、ピーピー島から自分の所へと移っていくが、津波で逃げ遅れた場合の我が家の最後の避難経路としては、まずは地面から3m、海抜6mほどある二階に上がることである。そして それで駄目なら、家の前のココナツに飛び移り、上へ上へとよじ登る。

津波の避難計画が出来上がっているのは、フィリピンでは珍しく、先進的な住人だと言えそうだ。日本では当たり前だろう。実際には、避難を呼びかける日本からの電話が一番の頼りだ。現地で避難警報が出るとは とても思えない。

避難計画以外のもう一つの安心のタネは、地形的に内海なので、瀬戸内海と同じように津波の影響は少なそうだということだ。津波の被害の言い伝えも聞かない。海峡がかなり狭いのも安心材料だ。通常 津波は太平洋からやってくると想定すれば、フィリピンのセブの周辺はどこでも同じで、影響する海峡は3箇所である。一つはI shall returnのマッカーサーが上陸したレイテ島とその北のサーマル島の間であるが、ここは橋でつながっていて、かなり幅が狭く、ほとんど影響は無さそうだ。あとは、サーマル島とルソン島、もう一つは、レイテ島とミンダナオ島の間だが、ここもそれほど幅は広くなくて、島が入り組んで、津波に対して、かなりの抵抗になってくれそうだ。
津波は波なので、ホイヘンスの原理が適用できるはずだ。海峡のところに結集した波が新たな波源となって、その後の地域に伝わっていくということである。海峡を天窓のように見立て、そこからどれだけ光が入ってくるかというように考えても良い。二つの海峡の部分では、多くの島が盾になってくれていて、かなり津波は小さくなると期待できそうだ。

しかしながら、津波が西からやって来たら、海峡は結構広いので、影響が大きそうだ。日本と同様だが、活断層マップを頭に叩き込んでおく必要があろう。これからの課題だ。
一つの安心の材料は、シンガポールのマンションの建て方だ。ここでは、地震は全く来ないと想定しているようなマンションを良く見かける。同じ建物が日本にあれば、世間を騒がせたデタラメ医師も、姉はん元建築士もびっくりと言いたくなるような建て方だ。フィリピンとシンガポールの間で地震が起こらなければ、西からの津波の心配はない。それより西で地震が起こっても、マレー半島が邪魔して、津波は来ないということは、巨大地震が証明してくれた。

津波対策についての公式な情報がなかなか得られない状況では、自分でいろいろ詮索してみるのも悪くないことと思う。

最後に、津波で倒れたココナツの木と倒れなかったココナツの木の写真を紹介しておく。

津波で倒れた後、修復されたココナツの木

・根の部分の土がかなり盛り上がって、山のようになっている。
・その結果、以前より木の高さが数十センチ高くなっている。
・根がかなり外にむき出しになっている。
・セメントで固めた跡がある。(写真左)
・当初は表面は砂だけだったはずのところに、赤土がむき出しになっている。(写真右)

以上のことから、これらの木は、津波で倒れた後 修復されたものと判断した。
この当たりは、以前は土産店などが並んでいたはずだが、今は空き地になっている。

津波でも倒れなかったココナツの木

根の部分に細工をした形跡がなく、以前のままなので、これらのココナツの木は倒れなかったと判断した。

海のすぐで、周りに建物はなかったのが幸いした。

津波の痕跡

プーケットとは異なり、ピーピー島では津波の痕跡をいくらでも見つけることができる。

津波記念公園

津波で周囲が綺麗さっぱり流された跡地にできた記念公園。犠牲者66人の名前が書かれている。

ピーピー病院

津波のお陰というと叱られてしまうだろうが、とにかく、津波の跡地に立派な病院ができた。

住民の仮設住宅

屋根だけでなく周囲もトタンが使われていて結構暑そうだが、熱帯で横殴りの雨が多いので、こういう壁にするのだろう。

(続く→)

桟橋の前のコンビニ

ピーピー島に行ったことがある人なら、誰でも覚えがあるはずのコンビニ。派手に壊れて営業が再開されるような雰囲気ではなかった。ここで働いていた元従業員も、再度ここで働きたいとは、多分思わないことだろう。

(→続き) 仮設住宅と書いたが、これが壊れるまでは多分そのまま住み続けるのだろう。復興モデル住宅という標識があったが、そこへ行ってもそれらしいものは見当たらなかった。

これらのあばら家を見て思うのは、当然だが資本主義の矛盾だ。例えば、ピーピー島へ行く船のオーナーは、高い料金を取って、毎日沢山の客を乗せていて、例え津波で船が大破していたとしても、津波後の売上だけで、十分元は取れているはずだ。宿屋もハイシーズンだと言って、値段が数倍につり上がっていて、おまけに客は多く、オーナーは笑いが止まらないはずだ。

あばら家の住人たちも、薄給だが、宿屋に勤めていたりして、それなりに収入が入り、なんとか回っているのだろうが、あばら家からの脱出はなかなか難しいことだろう。

理想の姿として思うのは例えば、こんな感じだ。日本だったら、海に行けば民宿が沢山ある。客があるなら自分の寝室もすべて客に提供してしまっても良いくらいで、普通の家でも、すぐに数部屋準備できるはずだ。これでも家族ごとに、一部屋に泊まってもらえば結構な収入になる。実際には、日本の夏はシーズンが短く、おまけに平日は客が少ないとなれば、そんなに儲からないのは明らかだが、それでも現地では、貴重な収入源のはずだ。

ピーピー島の住人も自分の家を民宿にして、稼げばこちらは年中客が来るので、かなりの収入になるはずである。しかしながら、実際には、このような あばら家に住んでいては、それはできない相談だ。

なぜこんなことを書くかというと、私の住んでいるフィリピンでも同じようなことが起こっているからである。こちらで作っているHPにシキホール島の観光案内を書いたら、以前この島に赴任していた青年海外協力隊員の方から、きつく叱られた。そんなことをしても、金持ちのビーチリゾートのオーナーが儲かるだけで、現地の貧しい人々にはお金は落ちない。これは確かに正しい主張だが、未だこれに対する十分な答えは返せていない。 最初に考えたのがあばら家ホームステイである。しかし、ピーピー島の仮設住宅のようなところに泊められては、窮屈でしかたがなく現実的ではない。そこで、次は、あばら家ではない普通の民家にホームステイさせてもらい、それなりに料金を払うという案を考えた。ホテルに泊まることを思えば、その数分の一の料金を払えば十分だし、フィリピンに長期で旅行している日本人でも、そのようにしている人は少なくない。ホスピタリティを売りにしているフィリピンでは、田舎に行けば「泊まっていけ、飯食っていけ」の世界で、泊めてくれる家を見つけるのは難しいことではない。もちろん、代金を要求されるようなことはないが、何か返さないと あつかましい。

ピーピー島の住人はあばら家に住んでいるので、この案は採用できない。別の案を挙げておく。まずは、あばら家の住人たちと仲良くなる。そして支援すべき相手を見つける。彼らに土地を探してもらい、ネイティブな材料で、コテージか長屋を建てる。フィリピンでも同じだが、竹や茅葺といったネイティブな材料なら、かなり安くでできるはずだ。自分が行った時には、そこに長期で居座り、自分がいない時には、現地の人に管理してもらい有料で客を泊め 儲けてもらう。

自分では この地で何かする予定はないので、単なる放言でしかないが、誰かの参考になることを期待したい。


津波のつめ跡の写真を続けて紹介する。

床だけが残った建物の跡


社? 団結小屋??

津波で、周囲が綺麗さっぱり流された真ん中にポツンと建つ建物。店の名前が書いてあり、またこの場所で営業を再開するぞという意気込みが伺えた。

セメントを円柱の形に固めた防波堤のブロック

左側の写真のブロックは何とか残った。右側は見事に流された跡である。

今は空き地になってしまったが、以前は 現地の人用の市場があった場所
(左側)
以前は、右の市場の周辺は、かなり汚い感じだったが、今はかなり綺麗になっている。Clean PhiPhiと書いたTシャツを着ている人も見かけた。

津波避難経路の看板だが、なんとその前にツアーの案内を置いていて、矢印を見えなくしている。これでは どちらに逃げたら良いのか悩んでしまう。とんでもない意識が低い輩だ。 ハイシーズンで宿代が高騰していて、テントに泊めるところも多かった。

← こちらは、以前の写真で、広くて 場所がよく、できたら泊まりたいものだと思って写真を撮っておいたコテージである。

現在は、床だけが残り、あとは綺麗に流された。上のテントのすぐ近くである。

以前の写真

今回の写真

長屋風の安宿

長屋風の安さの象徴のような建物である。前回来た時に、ここならロー・シーズンは100Bだという情報を得ていたので、ハイ・シーズンでも高くないだろうと思い、船から降りたら迷わず ここを目指した。運良く建物は残っていたが、なんと一泊600Bだと言い出した。あまりの値段の差に落胆してしまったが、結局この値段より安いところは見つからなかった。この長屋は満室だったので、向かいの宿屋に泊まった。

ハワイのパラダイス・タックスのように、こちらは、復興税がかかっているのだから、払ってあげろという言い方もできるだろうが、上にも書いたように、ここで高い宿代を払っても、あばら家の人たちは ほとんど潤わない。

あまり極端な値段の差は、割高感ばかりで面白くない。やはり、ロー・シーズンが狙い目だと言いたい。

長屋の建物は、二階は以前と見た目は変わらなかったが、一階は、ブロックで区画を作り、インターネットカフェや飲み屋、売店などになっていて発展していた。

6割以上の部屋数が営業

津波で被害を受けた場所の写真を沢山並べたが、全体では、以前来たときと比べ、部屋数で 概ね6割以上が営業していた。復興は進んでいる。

下の写真は、以前泊まった宿屋の前だが、津波が来たとは全く感じられない。ここでは、地形的に津波は横から来たので、手前で減衰してしまったと容易に想像できる。このあたり全体で、津波の痕跡は見当たらない。


ピーピー島の安く上げ方

宿代が高いハイシーズンを避けよというのが、一番のポイントだが、あとは 食事である。折角リゾート地に来たのだから、リッチに過ごしたいというのなら、ここでの情報は関係ない。
しかし、たまには贅沢も良いが、観光地で割高なので、普段は軽く安くあげておきたいと考える私のような人も少なくないはずだ。

前回の結論はサンドイッチだった。サンドイッチ・スタンドが沢山あるので、卵サンドやツナ・サンドなどを食べておけば安上がりだ。

今回は さらに進めて、いろいろ安上がりを調査した。

まずは、上でも紹介しているが、現地の人たち用のお店が並んでいるところに行って食事をすることだ。ここでカレーか、焼き飯、ラーメンを食べれば、現地価格で済んでしまう。津波の結果、この場所がかなり綺麗になったところが一番のポイントだ。前回は、ここに来て食事をしている外国人はほとんど見かけなかったが、綺麗になったことが影響していると思われ、今回はかなりの数の外国人を見かけた。店を出している近所のおばさんたちも潤うし、安上がりだし、ここがお奨めだ。例えば、コーヒーの値段も ここだと他の場所の半額になる。

その他のお奨めは、肉まんと ピロシキのような揚げ菓子だ。肉まんは、香港だとチャーシュー・パオだが、フィリピンでもタイでもシュー・パオとよんでいる。どちらも10Bで、他の場所に行けば、もっと安いところもありそうだが、近所のおばさんたちも潤うし、買ってあげたい品々だ。




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