ハエたたきキャンペーンの顛末

2000年9月


始めに

外国に行ってボランティアを始めようと思われている方々の参考になるような事例を作るべく、フィリピンでいろいろ試しているところである。

先日も、日本から数十人、歯医者のボランティアがセブまで来られ、スラム街で歯の治療をされた。また、ここシキホール島でも、YMCAの人達が世界中から来られ、支援している学校の修理をされた。さらに、日本の協力隊員の方もたくさん活躍されている。
海が美しい島国のフィリピン。日本から出掛けて来て、ボランティアをしてみたい方がかなりおられるはずだ。

個人でもいろいろなことができるが、インターネットユーザーなら、メーリングリストなり、掲示板などを利用して、取り組みを広げることができるだろう。組織や、時間に縛られることなく、内容本位で、その内容に賛同できるものだけ、プロジェクト型で参加することも、インターネットなら容易だ。

さて、今回はハエたたきに挑み、確かにハエはほとんどいなくなった。しかし残念ながら、当初期待した通りにはいかなかった。すなわち、私がハエたたきのデモをして、効果があることを示し、今回ハエたたきをした市場で働いている人々の意識が変わり、自分たちで何とかしようとする。その結果ハエがいなくなり、市場が衛生的になる。その成果を見て、島中の人がハエの駆除に乗り出す。そういうシナリオを期待していたが、残念ながらそうはいかなかった。

普通なら、うまくいっていないことは、ふたをして公表しないことだろう。
しかし、実際には、失敗談、成功談両方紹介した方が、より参考になり、有益なことは明かだ。今回の話は失敗談に近いが、あえて、ここで公表している。手前味噌な言い方だが、これは、最近の病院が、医療ミスを進んで公表し、改善につなげようとしているのと似ていると言いたい。

この趣旨を理解いただき、今回の結果を参考にして頂ければ幸いである。

今回のハエたたきの主戦場となった
シキホールの市場

蝿・ハエ・はえ
〜 衛生管理のない市場 〜

フィリピンにはハエが多い。普通の日本人なら耐えられない程多くのハエがいる所がたくさんある。セブなどのリゾートに泊まっているだけなら、ハエはほどんどいない。しかし、一度街中を歩き出すとハエが気になることだろう。

ここ、シキホール島でも、ビーチではほとんどハエは見かけないが、他の場所で、ハエがたくさんいるところがある。最悪なのはシキホールの市場だ。魚を売るテーブルの上にビッシリ、ハエがとまっていた。ざっと見積もって、2万匹。ここには衛生管理のマネージャーもいなく、何の対策もされず、なすがままであった。
魚売りのおばさんたちは、竹の棒の先に、ビニールをつけて、ハエを、あっちに行けと払うだけ。それでは、ごみを隣の庭に捨てて、また、隣人がその隣に捨ててといったことをしているだけで、一向に解決しない。そんなことがまったく分からないのか、いつまで経ってもハエを払っているだけだ。

そこで、この最悪の場所で、ハエたたきをひろめ、ハエがほとんどいなくなるという成果が挙げられれば、島全体にもハエたたきが普及し、島中、ハエが少なくなるのではないかと、期待した。そして、激戦のこの場所で、ハエたたきのデモンストレーションを始めることにしたのである。

ハエたたきの選定

残念ながら、フィリピン製のハエたたきは劣悪品だ。すぐに壊れるものが多い。しかし値段は安い。そこで、安くて、そこそこ使えるものを探すことになる。右の写真のハエたたきは、上からP7.75、P4.9、P4.9(P1=約2.5円)のそれぞれ1割引。そして、一番劣悪なのが、値段が高い一番上のもの。いかにもパリット割れそうな材質だ。一番下のものが、粘り気があり、壊れ難い。これは、合わせて110本ハエたたきを買って使ってみた評価結果だ。

因みに、このハエたたき、同じ物でもフィリピンの場所によって、随分値段が違うのである。写真のものはドゥマゲッティのスーパーで買ったもので、最も安かった。これに対し、セブのスーパーでは、P10程度。さらに、セブ島の北にあるバンタヤン島では、写真の下のものと同じ製品がなんとP25。悪徳卸売り商人が、何も知らない島の商店に高く売りつけたためであろう。その結果、バンタヤン島では売っているだけで、使っている人を見たことがなかった。あるのは、私が2本だけ買って、たたいておけと捨て台詞の残して、知り合いの家に置いて帰ったものくらいだろう。

ハエたたきのデモンストレーション
〜 まずは孤軍奮闘から。しかし、結果は中傷の嵐。 〜

さてハエたたきのデモンストレーションを始めた。最初は、タイルのテーブルの上にビッシリ ハエがとまっていた。まとめて何本かハエたたきを持って一撃すると、まとめて50匹はたたけた。単なるデモのつもりで始めたが、やり出すと止まらず、食後の空いた時間などを利用して、合計約14000匹たたいた。
しかし、結果は中傷の嵐。おまえはハエたたきしかすることが無いのかとか、日本人が市場でハエをたたいて遊んでいるとか。至る所で噂されてしまった。
また、一人で、全部ハエをたたこうとしたわけではない。市場の魚売りや買い物客が協力してハエを追放するのが狙いなので、一緒にハエをたたいてくれそうな人にハエたたきを無料で配って回った。ところが、ハエをたたくと言っておきながら、すぐにやめてしまった。2、3日すると、ハエをたたいている人は、ほとんど、いなくなってしまったのだ。

別のツールも試す

ハエの撲滅だけでなく、そのことに、市場の商人や買い物客が関心を寄せ、参加するということも含め、2つのことが目的で、ハエたたきを始めた。そして、ハエは減ったが、人々の意識はほとんど変わっていない。なかなか思うように進まないのだ。そこで手を変え、品を変え、いろいろ試すことにした。
まずは、ハエとり紙。そして、ハエとりリボン。これらをドゥマゲッティのスーパーで買ってきて試してみた。ビシッとハエが付くと、300匹くらいは取れる。効果があるので、自分たちで買ったらどうかと薦めてみたが、自分にもくれと言うだけで、自ら買いたいという人はほどんどいないのだ。
働くのも嫌い、お金を出すのも嫌ということか?

子供に応援を頼む

さらに手を変え、今度は良く知っている子供に応援を頼んだ。関係のない子供にまで、自分たちの仕事を手伝ってもらうとは恥ずかしいことだと、市場の商人が反省して自分たちで何とかしようと考えるのではないか。そう期待しての行動だった。私が子供に頼んでわざわざ来てもらったので、最後にケーキを渡して家に帰したところ、市場の魚売りの一人が、自分も褒美にケーキが欲しいと言い出した。
「これは子供だけだ。それでは、あんたより100倍以上ハエを退治した私には、何をくれるのか」と、問い返してみたら、その魚売りはムッとふくれてしまった。
こちらが、手伝っているのに、あれをくれ、これをくれとは何たる物言いだと、憤慨して、終わってしまった。連れてきた子供は、がんばってたくさんハエをたたいてくれたが、期待した筋書きのようには進まなかった。

消えたハエたたきとGive me文化

ハエたたきは110番に因んで、全部で110本購入。そのうち約50本をこの市場に投入。みんなに無料で配ったのである。そして、しばらくしてどうなったか?箱にしまっている人を含めて、ほとんど見なくなったのである。多くは自宅など別の場所に持って行ってしまったのである。
そして、ここで貴重な教訓が得られた。お金でも物でも、くれくれと言われた時に言い返す、貴重な事実である。
すなわち、「ハエたたきを自分にもくれ。」と言ってくる人たちに、「あなたはハエをたくさんたたくか?」と聞いた。そして、「もちろん。」という答えが返ってくる人たちに、ハエたたきを渡した。ところが、結局かれらは、怠け者。ほとんど、ハエを退治せず、ハエたたきを自分の家に持って帰った。自分で買うことも考えず、人から物をもらうことばかり考えている怠け者は、ハエもたたかない怠け者。そんな役立たずにハエたたきを渡しても、意味が無かった。そう説明してから、「あなたは?」(What can I do for you?)と、ハエたたきをくれと言ってきた人に問い返した。すると、少し恥ずかしくなったのか、冗談だという返事が返ってきて、それ以上くれくれとは言わなくなった。「そんなことはない。私はたくさんハエを始末する」と、さらに反論してくる人がいたら、それはそれで、期待できる人物なので、ハエたたきを渡したら良いであろう。

何でもくれくれというのは、フィリピンの特徴で、私はこれを、「Give me文化」と呼んでいる。要するに乞食が多いということだ。余りにくれくれと言われるので、私はGeorge Harisonの"Give me love."のパロディでGive meと言う詩を思いついた。これまでGive meと言われた品物を、すべてリストして詩にしたのである。数えてみると、30種類近く。お金から、かばん、アンテナまで何でもありだ。
新たなGive meを言われたら、この詩を見せて、「ありがとう。フィリピンが私を偉大な詩人にしてくれた。あなたのGive meをこの詩に加えるよ。」と言って、追い返してやろうという魂胆である。

ほどんどハエはいなくなったが、、、

ハエをたたき続けてしばらくすると、ほとんどハエはいなくなった。私がハエをたたいていると、一緒にハエをたたいてくれる人が数人いて、良く協力してくれたのも効果があった。しかし、ほとんどの人は見ているだけ。ハエをたたかず、追い払っているだけ。当初の期待とは程遠い。
因みに良くハエをたたいた彼らは、ハエたたきをくれ言ったきた人たちではなくて、私の方から、これでハエをたたいてみてはどうかと、すすめて、ハエたたきを渡した人たちであった。

デモンストレーションをして、ハエたたきが効果があることを示し、ハエたたきを普及させようとしたのである。しかし、ハエたたきというツールが世の中には存在して、そこそこ役に立ちそうだということが、人々に示せただけだ。自分でハエたたきやハエ取り紙を買って、ハエを退治してやろうと思い立った人がどれだけいるのか、甚だ怪しい。

今後どこまでフォローできるかわからないが、可能性としては、以下のようなことが考えられる。

i)ドネーションをしつこく迫る。
ハエたたきが嫌なら、ドネーションを集め、ハエ捕り紙を、みんなで買ってはどうかとしつこく迫る。
ii)ハエたたきコンテストを実施し、賞品を出す。
現地の人は現金なもので、賞品、賞金が出るなると、我先に、参加し出す。するとハエたたきは結構面白く、効果もあることが分かり、普及の足がかりになるはずだ。
iii)雑貨屋に、ハエたたき、ハエ捕り紙の販売を促す。
iv)ハエ駆除業を始める人を支援する。
ペストコントロール業をしている知り合いがダバオにいて、結構良い商売になっている。最近は、ホテルなどは、法律で、対策が義務付けられるようになり、追い風となっている。ハエの駆除も同様にして、良いビジネスになる可能性がある。ハエたたきや、ハエ捕り紙、殺虫剤等のデモ販売を行うハエ駆除業を始める人を見つけ、それを支援する。バナナの叩き売りのようなことをやれば、さらに、うけて、売れるかもしれない。雑貨屋への卸売り、さらには、科学的な見地での有効な対策法を示す。特に、どの方法が最も経済的かについて、グラフで示すと販売の時に説得力があるであろう。
しかし、この案は、ハエの駆除を天職と考える、情熱のある人が現れない限り実現しない。今回のハエたたきの様子を見ている限り、かなり難しそうだ。万一そういう人が現れれば、喜んで支援したい。

終わりに

時間切れで、もはやハエをたたいている暇がなくなった。そして数日して、最後に何人かにインタビューして終わろうとした。話を聞くと、夜営業が終了した時にテーブルの上を綺麗に洗うだけで、ハエはかなり少なくなるなど建設的な意見も出た。私の方からは、これまでの成り行きや今後の見込みについて、説明しておいた。
すると、次の日から、何人かでハエ叩きが復活して、ほとんどハエがいなくなった。その前の数日間、誰もハエをたたいていなかったので、卵からかえった子供のハエかもしれないが、徐々にハエが戻りかけていたところであった。しかし、彼らは、魚売りでなく八百屋。あまりハエとは関係無い人たちだ。八百屋に刺激されて魚売りも、ハエ駆除に乗り出すようになればすばらしいが、今後のことはわからない。
クリスマスまで、ハエのいない状況が続いていれば、プレゼントを持ってくると約束して、今回は島を後にした。

(参考)ハエタタキの科学


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